大隅での農ある暮らし
農業未経験者が無肥料、無農薬、不耕起栽培の野菜作り,稲作に取り組んで行きます。
大隅での農ある暮らしの直売所

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新米農家

Author:新米農家
無肥料・無農薬・不耕起栽培の自然農を目指す新米農家です。
都会生活を脱し、新しくはじめた田舎暮らしのあれこれを綴っていきます。



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ロケットストーブ試作
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桜島の灰が大隅半島方面に来るようになった。
今日は、外にいると降ってくるのがわかる、そういう午前中だった。

ネットでロケットストーブのことを目にした。
どうしても作ってみたくなり、不用品を利用して原理なり効果なりをみてみた。

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利用したのは、ペイントと混合ガソリンの空き缶と雨どいの管だ。

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空き缶の上部を切り取り、下方に雨どいの管が通る穴を空けつないだだけだ。

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ペイント缶の中央に置いた雨どい管の周りに断熱用にのぼら土を入れた。

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カセットコンロの五徳?をのせ、早速試しに火をつけた。

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うまく炎も煙突に吸い込まれていくし、竹を入れておくだけで、下のほうからもえていく。
煙も吸い込まれていく。


いくつか、問題点もわかった。
1)まず煙突は冒頭の写真のように高い方がよく吸い込みがよい。
2)そして管の穴を空ける位置は、底から若干高めがよい。
3)薪をいれるところは広めにするか、通気口を少し空けてやる(ドリルで2つ空けたが)。

入れた廃材も全部燃え尽きるし、少ない枝木などで火力はつよそうだ。
レンガでつくる本格的なロケットストーブも安価で作れそうだし、いろいろ出来そうな気がする。


椎茸に塩


先日”椎茸ガードに塩”のことを書いたが、これは、有効なようだ。
以前は、ナメクジに椎茸がかじられて破片しか残ってないことが度々あった。

原木の周りを畦波板でぐるりと囲み、5Kg480円の食塩(もっと安価なのがあるだろうが?)を
畦波板の外側にばら撒いて置くだけだ。
昨日雨だったので、また、塩を撒いてきたがそれでも2Kgも使ってないだろう。

このおかげでスナック菓子のような赤ちゃん椎茸も大人も全く傷がつかないようになった。
こんなに沢山一度に大きくなったら、食べきらないだろうが、先日来やっている天日干しで長期保存できるだろう。
しかし、この僅かな椎茸山を今度は、サルに気づかれそうな気もするが…。

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1日前は、かわいいのも…。

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次の日は、こうなる…。



高原の農場
昨日は、従姉妹のKさん農場に招かれバーベキューだった。
畑の横に集いの場、農機具小屋をすべて手作りされ、雰囲気のある高原にある。
今の季節、野外で食べる食事は格別で、あっという間に時間は過ぎていった…。



椎茸ガード
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原木に這い上がって椎茸を食い荒らすナメクジは、厄介者だ。
大規模に椎茸栽培されているFさんも夜中にナメクジ退治に出かけるという。

杉の木の中にある我が家の小さな原木にも現れて、椎茸が食いちぎられており、
先日は、夜9時過ぎに懐中電灯を持って見回ったら、見つけたので退治したが、
毎夜、何処からともなく現れるようだ。

毎晩、出かけるのは億劫なので、原木の周りに「塩」をまいてみることにした。
そして、田んぼで昨年使って取り外した畦板があったので、周りを取り囲み、
外壁の外側に「塩」をまいておいた。

自己流のやり方だが、小さな椎茸の芽?が生え始めている現在、どこまで有効か模索中だ。
今のところ、侵入の形跡はないが、何時、敵に打ち破られるか、
このまま、順調にいくのか、かわいい小さな椎茸の赤ちゃんを守る戦いはつづく…。

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精米所
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いつも利用する精米所は、遠くまで広がる畑の横にある。
自家用の米は、小さな家庭用精米機を使うが、直売所で販売する米は、
元気なおばあちゃんが動かしている精米所を使う。

30Kgのモミ袋や20Kg以上の米袋を簡単に動かしている力仕事には、
長年の熟練のたまものだろうが、大したものだと思う。
コイン精米機や自家用精米機より出来上がりも安心できる気がする。

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おはんらにやった命
鹿児島市内の病院に近隣の方を送っていったので、その診察中、近くを市内観光。
ゆっくり城山の周りの史跡を巡るのは、遠い昔以来か。



桜島フェリーで渡る途中の錦江湾では多くの船が行き交う。




樹木に囲まれた遊歩道を上り詰めた城山展望台からの眺めはいい。
隣で観光客を引き連れたガイドさんの話を一緒に聞きながら納得!
展望台から歩いて15分ほどの西郷隆盛洞窟に向かう。




西南戦争最後の司令部。
明治10年9月24日、城山に立てこもる薩軍兵士は、わずか300余、これを囲む政府軍は4万。
死を決した西郷は、夜明けを待って5日間すごしたこの洞窟をでた。
西南戦争は西郷を慕う私学校の生徒達が政府の挑発によって引き起こした暴動が始まり。
その首謀者の引渡しか全面戦争か、西郷の「おはんらにやった命」という一言で挙兵した。




城山洞窟を出てわずか300m、2発の銃弾が西郷の腰を大腿部を撃ち抜いた。
「晋どん、もうここらでよか」
別府晋介の介錯の太刀が振り下ろされた。
7ヶ月もつづいた「西南の役」が終わったのだ。




西郷終焉の地前の踏切を渡り東へ、私学校跡の多数の弾痕が残る城壁は国道10号線沿い。
私学校後は、今は医療センターになっている(ここに来たのだが…)。
そのまま、南へ歩くと鶴丸城跡が続く。




薩摩は人をもって城となす。
鶴が翼を広げた形をしていることから鹿児島城は別名鶴丸城と呼ばれ、天守閣や層楼のない屋形つくりとか。それは、
「城をもって守りと成さず、人をもって城と成す」という薩摩藩流の思想で、藩内の各所には兵農一致の郷土団が守る外城がめぐらされていたそうだ。
城内には、大河ドラマでも放送された天璋院(てんしょういん)像が鎮座し、
鹿児島県歴史資料センターとなっている。






さらに南へ歩くと県立図書館、市立美術館とつづき、西郷隆盛銅像が立つ。




銅像の前の中央公園を渡ると市電が通るショッピング街の天文館通りへと歩いて行ける。




お米とさつまいもの販売を始めました!
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24年度産 新米とさつまいもの販売を始めました。

新米は「ひのひかり」で、通常作(減農薬栽培)の5Kg入り:2150円、3Kg入り:1290円と
同じ「ひのひかり」で、苗床作りから苗育成、手植え後、稲育成、稲刈りまで除草剤、除虫剤を全く使用しなかった
完全無農薬のお米が若干です。
こちらは、1Kg単位 500円です。
美味しさは、両方とも全く同じでした。

サツマイモは、耕さず、肥料・農薬を必要とせず、自らの力で大きく成長した美味しいイモです。

今年は、送料を都道府県別一律(総重量30Kgまで)としましたので複数のお買い求めの方がお得になります。
贈り物やご近所とのまとめ買いにどうぞ。

例えば、東京(送料:1000円)にお住まいでお米5Kgを4個(5Kgごとの袋)ご購入の場合、
2150円×4個 + 1000円(送料) = 9600円

また、 お米5Kgを3個、さつまいも5袋のご購入の場合、
2150円×3 + 210円×5 + 1000円(送料) =8500円
となります。
(地域別送料は、直売所の送料の項に載せています)

ご購入は、直売所 あるいは、
左上の「直売所」のアイコンをクリックしてお店に入ってください。

追)カードにてお支払いの方は、現在、PayPal決済の手続き中ですので、2,3日お待ちください。
準備が整い次第、"直売所"の「お知らせ」でお知らせします。



今年もりっぱなサツマイモが!


今年2回目の「紅ハルカ」の収穫だが、それぞれの株に元気そうなイモが付いていた。
不耕起、無肥料、無農薬の草と共に育つ自然農栽培がサツマイモの生育にはあっていそうだ。

最初の段階こそ草に負けないように手を貸してやるが、茎葉を広げ始めると
畝全体を覆って生育盛んになっていく。
時々、広げすぎた茎を持ち上げて伸びようとする根を断ち切ってやるが…。



ふっくらした土だが掘りあげるのは三っクワが便利だ。
まず、イモがどちらに根を張っているか手で探りを入れて、
三っ鍬を周辺に差込み土ごと堀上げていく。
イモは半日ほどそのまま畝の上におき、つるを被せ、地表も裸にしないように
イモから切り離した茎葉も置いて残してゆく。

最初に植えた「紅ハルカ」の4つのうちの一畝を掘出しただけだが、
「なると金時」、「黄金千貫」、「赤いも」などの畝が残っている。





降灰の下を潜り抜けると
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昨日、今日と脱穀の予定だったが台風の心配から早めたため一息つける休日となった。

脱穀作業を手伝ってもらう予定だった息子を空港まで迎えに行き、そのまま薩摩半島側の
実家のある鹿児島市内を回りフェリーで垂水港に帰って来た。

桜島の降灰が鹿児島市内側に降り注ぐまっただ中をフェリーで抜けてきた。
潜り抜けた後の桜島が冒頭の写真だ。

進みゆく船尾から鹿児島市内方面を見て右側に桜島、
そして、正面やや左手に太陽が沈みゆく光景は、まさに絶景だった。

日の入り17時39分頃、この時間帯のフェリーに乗ると
毎日繰り返されるこのパノラマを味わえることになる。
ただし、いいタイミングで桜島は噴煙を上げないが…。

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稲わらの行先
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昨日は、残りの掛け干しの脱穀、稲わら運びとフル回転だった。
今年、「おはんが作らんや」と言われて作ったこの2反弱の田んぼ。

結局、収穫は34コンバイン袋(1袋約30Kg入り)、1袋約27Kgとして 27Kg*34袋=918Kg となった。
この辺りの1反辺りの田んぼの借り賃が2袋でこの田圃の場合3袋(93Kg)献上した。
出来高の約1割ということになるか…。

そして、この稲わらの行先だが、あちこち引き取り先を探したが、なかなか見つからない。
どこも契約している所があったり、ワラの需要が少なくなっているようだ。
ワラを引き取る農家(大体、牛を飼っている所)が脱穀の最中から軽トラに積んで
持って行ってくれるんだが、この田んぼの場合、伝手でなんとか、引き取り先(大手の飼育農家)を
見つけたんだが、こちらで運んでくれという。(そのワラ代も安いのだ…)

ということで、軽トラ二台分のワラをこの田圃を世話してくれたFさんと2台で運んで行った。
1反分を軽トラ一台で運ぶという積み方もコツがある。
荷台の高さまでは、水平になるように縦長に積み込み、その上は、一人ワラの上に乗って、
一段ごとに縦にしたり、横にしたり交互にずり落ちないように積み上げていく
(人によっても違いがあるようだが…)。

この大きな田んぼの稲作をなんとかやり終えたが、
初めての大型機械の扱いを覚えたり、代かき、田植え、稲刈り、脱穀と、
台風の影響、その対応、掛け干しの竹の準備から最後はワラ運びまで
稲作でやるようなことは、おおよそ体験したことになる。

この借り田んぼの他に自前の田んぼ1反強を合わせると
今年は3反(30アール)強を二人だけで作ったことになるな、ちょっとした農家だ…。
カミさんもお疲れさんでした。


最後の脱穀
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すがすがしい秋の空がまだ続いている。
南の海にある台風21号はフィリピンの東にあって停滞している。
何時、スピードを増して直撃するかわからない。

2反弱の借田の田んぼの脱穀は15日頃からやるつもりだったが、
台風の状況が心配だったので12日から始めることにした。

朝10時にハーベスターを積んで家を出た。
12日は目標の半分を脱穀し終えたので帰宅準備3時、出発は4時を回っていた。
コンバイン袋で19袋、2回に分けて家に運んだ。
ハーベスターは田んぼに置いてきた。

今日も残りの脱穀、稲わら運び、後片付けと忙しくなりそうだ。


最初の脱穀
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快晴の秋晴れが続いている。
10日午前中、手植えのある2枚の田の脱穀をやった。
ハーベスターを持ち込みビニールをはずしたりと前準備を終え、10時ごろから脱穀を開始、
No4と手植えの2枚の田んぼの脱穀は、予定の午前中で終えた。

午後は、収穫の米袋を家に運び、今度はハーベスターを棚田のある田へ移動した。
稲架かけの所へハーベスター移動、我輩が稲を取りながらハーベスターへ差し込み、
出てきた稲わらは、結束機が付いてないのでカミさんが6,7束ぐらいづつ手動結束しながら、
稲架かけの竿に沿って、自走させながら進めていく。

2時ごろ開始して脱穀だけの終了が4時ごろ、その後は、米袋を一旦家に運び、舞戻り、
後始末後、ハーベスターを軽トラに乗せて田んぼの出発頃は、5時を回っていた。

今年は昨年よりどの田んぼでも収穫が落ちているようだ。
この棚田でも昨年より4袋(1袋:バインダー袋30Kg)は少なかった。
2箇所の田合計の収穫は20袋、計600Kgということになる。
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田んぼの荒起こし
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今年は稲作りをしなかった段々の2枚の田んぼ。
1年作らなかっただけで大変な量の草でおおわれていた。
草の根も土を縦横に覆い隠すようにはびこっていた。
昨年は不耕起だったし2年間ほどは耕してないことになるのでそうであろう。

2,3日前に草払機で刈り、大きな草は燃やしておいた。
それでも、耕運機は重そうに土を掘り起こすのだった。

来年は今年の他の田と同じように耕起で”もち米”でも作ることにしよう。
不耕起の場合、なんといっても田植えに手間がかかるのが欠点だろう。

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天日干し後は脱穀
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棚田のある我が家の田んぼ(手前)からの風景だ。
この棚田の地域は、まだ天日干しが多いが、稲架かけの立ってない所は、
コンバインで刈り取った所だ。

コンバインで刈った後は、機械乾燥となり、すぐに新米を食べれることになる。
機械乾燥より圧倒的に天日干しがうまいと言われる。
この近辺でも1バインダー袋(約30kg)あたり1000円は値段が違う所以だ。
用具の準備から掛け干しまで人手も日数もかかるのだが…。



天日干しで自然乾燥した後は、脱穀作業となる。
その脱穀を行う機械がハーベスター(自走式脱穀機)だ。

自前のハーベスターを持っていなかったので、先日、ネットオークションで
型は古いらしいが中古を格安で購入した。
福岡で使われていたもので先日の台風前にトラックで3人が運んできた。

昨年まで使われ倉庫で保管されていたらしく錆らしいのも見当たらない。
まあ、年に一回しか使わない物だから当然と言えば当然だが。
一応、外せるところは外して掃除し、動作するのを確認したが、
詳細は再度、Oさんに見てもらおうとお願いしてある。

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畑へのいざない
9月の朝の日課だった栗拾いが終わった。
それでも、畑には毎朝降りていく。
特に朝露の多いこの時期何かやるわけでもないが、
朝のみずみずしい空気を浴びながら歩くのは気持ちいい。



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門のところからカミさんの丹精こめた花壇が続く

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自然農畑が茶の木越しに見える

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畑への階段を下りる


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黒ダイズやら人参やら取り損ねて固くなったオクラやらサツマイモやらが今は盛んだ。
奥には栗畑もみえる。

なんとなくただ歩く草畑の朝は本当に気持ち良い!


秋の味覚
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9月いっぱい栗拾いが出来、今も時たま拾える。
今年は柿が少なかった。
そして昨年春、用意したシイタケの原木から椎茸が取れるようになった。

今時期、朝晩めっきり冷え込むこともあり過ごしやすい。
畑に出ても田んぼでも頭からかける虫よけネットを必要としなくなった。
今頃から半袖でもいいというのもおかしなものだが…。
反対に涼しいので長袖にするのだ…。

秋は収穫の時でもあり、このすがすがしさなら、やはり、秋が一番かも。

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全ての稲刈りを終えた。


1/3を残していた2反弱の田んぼの稲刈りが今日で全部終った。
稲架かけ6列で200mほど、この田圃で3日を要したことになる。

3か所の田んぼ(3反強)でトータル5日間かかった。
倒された稲があり起こしながら刈るテクニックや、
稲架かけの竹が倒れたり、竹が折れて再度、立てて掛けた稲を移動したり、
いろいろ体験したが、ともかく、終わった。

後は、10月半ばぐらいの脱穀作業だ。


味噌作り
台風の影響は、風はなく雨だけだった。
しかし、その雨のおかげで掛け干しの竹が重みで折れた箇所があり、
稲がずれ落ちた箇所が出来た。
その部分だけ別個に竹を立て再度、稲架かけをやり直した。
天辺にビニールを掛けるべきだったが、時間がなく間に合わなかったため
稲が水分を含んで大変な重さになったのと、古い竹を使っていたせいだろう。


さて、今日は味噌作りのカミさんの手伝いで力仕事に駆り出された。
以前から予約してあった町の施設を使って味噌を完成させるのだった。


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町民に貸し出された施設で担当の人が機器を使って教えてくれる。


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大きな圧力鍋で大豆を蒸す。

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蒸した大豆をミンチにしたのと1週間ほど前、
カミさんが実家に泊まり込みで作ってあった麦麹と塩と混ぜ合わせる。

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1時から4時まで2回に渡って設備を使い110Kgほどの味噌が完成した。

これで、全て自家製の米と野菜と味噌で飢え死にすることはないだろう。